2016年11月アーカイブ

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日程: 11月13日(日)12:45~17:00(終了予定は16:00でした。)

場所: EGCC囲碁会館JCCルーム

出席者:会員10人、子供2人、非会員1人、講師

活動内容: 「自分で歴史を考え平和を作るすすめ」 日本-オランダーアジア

講演者 星野文則氏

演者紹介: オランダ在住28年の建築家で、2001年以来、戦争中インドネシアで日本軍による占領を体験した人々との交流を深めながら、あの戦争について考えてこられました。親友となった二人の遺志を引き継いで彼らの体験や平和作りについていろいろなグループに講演をしたり時には小学校で生徒達を相手に話しかけたり、またブログを書いたりしておられます。

Mission WAF https://sites.google.com/site/missionwaf/lectures-jp

歴史的: 先の戦争で世界規模ではどのような動きがあったか、日本はどのように戦争に引き込まれていったかまた何人の人たちが死んでいったか各国ごとにデーターが出ていました。日本人の死亡者数は300万人で全地球上の死亡者数は2000万人。ユダヤ人が600万人???

日本は東南アジアの国々を西洋諸国から取り返し独立のために戦争した。世界恐慌からの世界的な動きとして石油、食物を得るために、満州の開拓(日本人が中国人の土地を奪って開拓した)、東南アジアの貿易、プランテーション、のためにインドネシアなどを占領していった。

オランダと日本の戦争: インドネシアをオランダから開放するという目的でインドネシアに上陸するや否や、民間人のオランダ人たちを収容所KAMPに閉じ込めた。大人の男性は労働力、連合軍の捕虜は泰緬鉄道や日本国内の鉱山や炭鉱に使役させた。泰緬鉄道(たいめんてつどう)は、第二次世界大戦中にタイとビルマ(ミャンマー)を結んでいた鉄道。旧日本陸軍によって建設・運行されたが、戦後連合国軍によって部分的に撤去され、現在はナムトックサイヨークノイ停車場で途切れている[1]。日本軍の公式名称は泰緬連接鉄道。英語名称は「Thai-Burma Railway(またはBurma Railway)」だが、大量の死者を出した過酷な建設労働から英語圏ではむしろ「死の鉄道(Death Railway)」の名で知られる。

オランダ人の家族は男性と女性子供に分けて収容されたため多くの子供たちは大きくなってもトラウマが残った。

このとき女性は軍から慰安婦として招集された。12歳~16歳の男の子たちは家族とは別の区域に収容された。

日本軍が占領した1942~45年8月まで学習は出来ず1日を食べ物のために生活する。

ここでなくなったオランダ人とオランダ系インドネシア人のためにデンハーグのマドローダムの近くの公園に慰霊モニュメントがあり毎年8月15日にセレモニーが行われている。

「かもめの会」が支援している「JIN」や「桜」はこの時期にインドネシアで日本人軍人や軍隊のために働いていた民間人とオランダ系インドネシア人女性との間に生まれた子供たちの会です。

まとめとして:オランダの児童学生たちにも分りやすいようにプレゼンされたもので「占領」とはどういうことかと説明。

その後は(講演者より)次のような 質問 が提議されるが、難しい問題でそれぞれここで考えて欲しいと言うことでした。

     

1940年代に日本や世界にとって何が終わったとあなたは考えますか?またそれはなぜですか?

その歴史をあなた自身はどう考えていますか?その考えはあなたの人生や日常生活に何か影響はありますか?

平和を作るには何をすると役立つと考えますか?

出席者から出た話:

①沖縄で10年間生活したりバルト三国に行ったりして肌で戦争の空気に触れ平和について考えられ察せられた。

②若い人たちや子供たちと話して行きたい。映画の鑑賞。   

③村岡先生やタンゲナさんが行われている「対話の会 (Dialoog Nederland-Japan-Indonesie) 」に出席してみませんか?

 この会をもっと社会に知らせたい。

④8月15日の戦争慰霊際(インドネシアでなくなった遺族の会)に出席しませんか?

などの意見が出ました。    文責:E.K.

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テーブルの上のポートレートはAdrie(アドリー)さん。

彼女たちの願いを果たすために星野さんはこの活動をされています。