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ニッケイ・ネットワーク/海外日系人協会便り No.12(2012年3月)

 

目次

 

P.1 移民になったデカセギ日系人-未来への展望  
P.2 横浜で家族のルーツを発見!
継承日本語教師研修基礎Ⅱの宍戸さん、河内さん、吉岡さん
 
P.3 日本語学校生徒研修に参加して
パラグアイの中越カミラさおりさん
 
  仮設住宅がエステサロンに
日系人による東日本大震災活動助成で
 
P.4 ブラジル便り⑫  
 日伯社会保障協定が発効-説明会に250人が参加
P.5 相談センター便り -最近の相談事例から- 日系人相談センター
所長 西山 巖
 生活保護、住宅ローン他
P.6 日系社会Topics  
 
   

 

横浜で家族のルーツを発見!
継承日本語教師研修基礎Ⅱの宍戸さん、河内さん、吉岡さん

 

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家族の写真を見つけた宍戸さん

  

移住先各国で、日系人がそのアイデンティティの核となる日本文化を保持するために、日本語を子孫に継承していくことは、日系人にとっても、日系人を海外における「資産」とする日本にとっても共通の願いである。JICAが実施する継承日本語教師研修は、当協会が業務を受託実施していており、基礎Ⅱコースは現地の日本語学校で中堅クラスとして活動している教師を対象としている。

23年度はブラジルより5名が来日し、12月4日から3月1日までJICA横浜で研鑽を積んだ。アマゾン地域にあるマナウスから来日した宍戸理恵さんは、JICA横浜の図書資料室(海外移住)で、「ベラビスタ移住地創設30周年誌」に、1953年に移住した当時少年であった父と、それから10年余を経た若者たちの集合写真の中に並んで寄り添う両親の姿を見つけた。宍戸さんの両親の家族は、ともに戦後移住の先駆けとなった、ジュート栽培を目的としたアマゾン移民の第一次として移住し、現地で出会い結婚した。父親の家族は戦前フィリピンでマニラ麻栽培に従事していたが、日本に引き揚げ後、気候が似ており自身の経験が生かせると考えた祖父が応募しすぐに合格したという。そんな家族の歴史を改めて知るきっかけになった。

 

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吉岡さん(左)と河内さん

 

 サンパウロ州バストス市の河内ホーザ・ミチエ・志村さん、サンパウロ市から来た吉岡ローザ江梨子さんも乗船者名簿に家族の名前が載っているのを見つけた。「ブラジルで暮らしている大勢の日系人。その一員となった自分の家族の第一歩が日本に記録として残っている」「ブラジルでは考えたこともない感動」だった。「ここに名前がなければ、私はここにいない」と河内さん。

吉岡さんは、初めて父親に手紙を書いたという。「娘であることを誇りに思います」
 
 
 
仮設住宅がエステサロンに-日系人による東日本大震災活動助成で-

1月には「音楽出張ライブ」3.11に「聖火」セレモニー

 

震災後1年が経った。直後から当協会に海外日系社会から寄せられた義援金は、昨年末に締め切るまで2200万円を超え、2度にわたり被災3県に分配し贈呈した。

一方、日本で被災地支援を続ける日系人グループの活動を支援の対象にしたでは、パンアメリカン・ブラジル日系人協会とチリのバルパライソ日本人会から、合わせて1,790,057円の寄付があり、当協会では「日系人による東日本大震災支援活動助成金」として実施要項を作成して案件を募集した。

第一弾として、1月28日(土)から30日(月)にかけて、NPO法人ABCジャパン(橋本秀吉代表)が主催し、宮城県気仙沼市、名取市、石巻市の仮設住宅合わせて4カ所で、日本人歌手の中平マリコさん、NHKのど自慢で優勝した演歌を愛するブラジル人アンドレ・ヘイスさん。ボサノバ歌手のサブリナさん、ブラジル人ラッパーのACE(エース)の4人で行う、「音楽出張ライブ」が行われた。

 各仮設住宅の集会所には子供からお年寄りまでが集い、「上を向いて歩こう」では、住民も一緒になって合唱した。中平さんが歌う美空ひばりに、足元のおぼつかなかったお年寄りが、昔習ったという日本舞踊を、背筋もシャキンと披露するという一幕もあった。

 

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その場で挙げられた言葉を取り込んで、即興で日本語によるラップを披露するACE。1月27日、名取市で

 

 3月3日(土)、4日(日)には、在日日系人向けに鍼灸マッサージ、美顔エステやネイルアート等を教える愛知県豊橋市のCECAP-日系職業訓練センターの卒業生らのグループが、石巻市の仮設住宅4カ所での無料施術ボランティアを行った。

 参加したのは、同センターの桑原真理愛講師、小山リラ講師、中山カルメン講師、卒業生の行村ソニアさん、生徒の南ロザンジェラさん、須藤ゼリタさん、赤嶺ロザナさん、小林プリシラさん、榊原アルケレさんの9名。行村さんはペルー、他はブラジルの出身。

参加したブラジル人たちは、同じ日本に住む者として心を痛め、ずっと被災者にマッサージやネイルアート等を施術したいと思っていたが、被災地で活動するための、窓口や手続きが分からなかったため、仮設住宅の集会所で、ビーズによるアクセサリー作りをお年寄りや子供向に実施している日本人のボランティアグループ「プロジェクト結」との共同企画として実現した。

ブラジル人のレンタカー業者がバスを運転し、名古屋を出発したのが前日、金曜の夕方5時。翌朝6時には石巻に着く予定が、大雪で東北自動車道が雪で閉鎖。開通を待ちながら、結局着いたのは土曜の昼過ぎ。16時間の長旅となり、午前中に予定されていた1カ所は参加できずブラジル人らグループが活動できたのは3カ所だった。

長旅でさぞ疲れていると思いきや、車内では寝ずに全員がしゃべり詰めだったそうで、桑原真理愛さんは「さすがブラジル人、祖国を見直した」と語っていた。

 仮設住宅の集会所には、専用のベッド、椅子、足マッサージ用の足湯の機器、タオルウォーマーなどが運び込まれ、必要機材を完備した本格的な「サロン」ができあがった。

 仮設住宅に移ってから引きこもりがちになり、「体が固まってしまった」という人、「出歩かなくなってお洒落など忘れていた」という人。ツメにきれいな花の絵を描いてもらい、目を輝かせる人等。たまに片言の日本語で「イタクナイデスカ」などと気遣いながら心づくしの施術を行うブラジル人女性らの気持ちは、被災者に確実に届いたようだ。外国人と接した経験もないのに、顔と足を同時にマッサージしてもらった80才の女性は施術が終わると「もったいない」と泣き出した。

「エステティシャン達にもこの旅は大変良かった。日本人との接触がほとんどなく、日本語を話すチャンスもあまりないから感動いっぱいで、帰りのバスではみんな泣いていました」と桑原さん。

 

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心を込めて施術をするブラジル人エステティシャン達。3月5日石巻市で

 

3月11日の震災一周年では、ブラジル大使館前で採火した「聖火」を、約50人がバス2台に分乗して宮城県仙台市、名取市まで運び、この1年ブラジル人らが被災地で続けてきた活動を通じて、地元の人々との間にできた「絆」を確かめ合うセレモニーが行われた。

これらすべての活動には海外日系人協会職員も参加した。

 

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「3.11市民とボランティアのつどい」に参加するブラジル人達。仙台市で